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要旨
本研究は、朝鮮語ソウル方言において音産出の面で音節構造がプロソディーにどのような影響を与えているかを明らかにしようとしたものである。
H.-B. Lee (1973) は、朝鮮語ソウル方言のプロソディーにおいて際立って聞こえる音節に「アクセント」があると主張する。彼によれば、このアクセントは基本的に語の第2音節にあるが、第1音節が重音節である場合には第1音節に移動するという。この考え方は、以降多くの研究者によって基本的に支持されてきた。
このH.-B. Leeらの説は、プロソディーを知覚の観点から捉え、そこでの音節構造の影響による聞こえ方の違いを扱ったものである。これに対し、筆者は音産出の観点に立ち、音産出のレベルでは音節構造はプロソディーに影響を与えているのか、もし与えているとすれば、それはどのような現象なのかを調べることを目的とし、音響実験を行った。
実験では、分析資料として2音節の有意味語を用い、第1音節ないし第2音節の音節構造が交替するようなミニマルペアを作成した。これをキャリアーセンテンスに入れた場合(文中の場合)と引用形の場合についてそれぞれ9回ずつ録音した。キャリアーセンテンスは、検査語が2音節の助詞を後接して4音節のアクセント句になるようなものにした。被験者は、新世代(母音の長短が対立が失われるなどの音韻変化が完了した後の世代)の朝鮮語ソウル方言話者2名である。音響解析においては、持続時間長、F0(基本周波数)、インテンシティーを測定した。
実験の結果、まず持続時間長に関しては以下のことが見出された。
(1) a. 軽音節は重音節よりも音節全体の持続時間長が短くなる。
b. 重音節は軽音節よりも母音の持続時間長が短くなる。
c. 単語内のある音節が軽音節から重音節に交替すると、他の音節の持続時間長が若干短くなる傾向にある。
これらはいずれも、普遍的な音声的現象であると思われる。
F0に関しては、まず以下のことが見出された。
(2) a. 4音節のアクセント句では、音節構造に関わらず第2音節にpeakが現われる。
b. 2音節の引用形では、第1音節にpeakが現われるパターンと第2音節にpeakが現われるパターンとがある。同一被験者内では、音節構造によってパターンが変わることはない。
このうち (2b) については、この二つ以外にパターンはないのか、どちらのパターンが選択されるかは個人差であるのか、なぜ二つのパターンが許容されるのか、など今後解明すべき課題が残されている。ただ、本研究の目的に関する限り、音節構造によって変わることはないという点が注目される。
F0に関しては、さらに細かいレベルでは次のような現象が確認された。
(3) a. (1a)、(1b)により、F0曲線上のpeakやbottomにundershootが引き起こされることがある。
b. (1a)により、第1音節が軽音節のとき第1音節に現われるべきF0曲線上のbottomが第2音節の音節頭子音にずれ込むことがある。
このうち、(3b) は実際に観察された事実であるが、(3a)は測定結果から間接的に導き出された現象であり、今後の検証を必要とする。さらに実験では様々な傾向が見出されたが、これらは全て (3a, b) を反映したものだという解釈を考察において示した。
インテンシティーに関しては、統計的にいくつかの有意差が見出された。これについて解釈を示すことはできなかったが、少なくとも音韻的な現象ではないと言える。
以上のように、音声的なレベルではいくつかの現象が観察されたものの、音節構造がプロソディーに音韻的に与えていると思われる影響は見出されなかった。よって、音韻的には音節構造はプロソディーに全く影響を及ぼさないという結論に到達した。
訂正
論文中に誤りがありました。以下のように訂正します。
p.2の上から6行目 咸境道→咸鏡道
p.4の脚注9 1.1.2→1.1.3
p.6の上から5行目 述語→術語
p.7の脚注14 述語→術語
p.86 Rhee, San-Jikの文献 "aykseynthu-ey"と"caykemtho"の間に"tayhan"を挿入(原文はハングルですが、ここでは都合上Yale式のローマ字に転写しました)。なお、インターネットで公開しているPDF版では、これは修正済みです。